大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和57年(オ)194号 判決 1983年1月24日

上告人

福原秀夫

右訴訟代理人

植草宏一

吉田正夫

被上告人

福原とく

被上告人

福原政夫

被上告人

福原幸男

被上告人

福原笑子

被上告人

福原玲子

右五名訴訟代理人

井上四郎

井上庸一

被上告人

福原幸子

被上告人

福原五郎

被上告人

池田ふみ

主文

原判決を破棄する。

本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人植草宏一、同吉田正夫の上告理由一、二について

原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。(1) 本件土地は、上告人の兄である亡福原知英の所有名義に登記されていたが、上告人の弟であり被上告人福原とく、同福原政夫、同福原幸男、同福原笑子、同福原玲子の被相続人である亡福原庄一郎が占有耕作していた。(2) 知英は、昭和二四年、本件土地は登記名義どおり自己の所有に属する旨主張し、庄一郎を相手取り、千葉地方裁判所木更津支部に対し、本件土地の明渡及び損害賠償の支払を求める訴を提起したところ(同庁昭和二四年(ワ)第九号)、同裁判所は、昭和二七年一月一〇日、本件土地は真実は知英の所有でなく庄一郎の所有に属するとの理由を付し、知英の請求を棄却する判決を言い渡した。(3) 知英は、右判決を不服として東京高等裁判所に控訴したが(同庁昭和二七年(ネ)第三二号)、昭和二八年一一月一九日、裁判所の和解勧試に基づき、(イ) 庄一郎は、本件土地が知英の所有であることを承認すること、(ロ) 知英は、庄一郎及びその子孫に対し、本件土地を無償で耕作する権利を与え、庄一郎及びその子孫をして右権利を失わしめるような一切の処分をしないこと、(ハ) 知英が死亡したときは、本件土地は庄一郎及びその相続人に対し贈与すること、(ニ) 知英、庄一郎間には、本件以外の係争事件があるけれども、これらについても爾後互いに和協の道を講ずる意思を表明すること、(ホ) 知英、庄一郎が現に耕作している農地についての作業は相互に妨害しないこと、(ヘ) 知英はその余の請求を放棄すること、を条項とする裁判上の和解が成立した。(4) 庄一郎は昭和三八年一二月一九日死亡し、妻である被上告人とく、子である被上告人政夫、同幸男、同笑子、同玲子がその権利義務を承継し、知英は昭和四七年四月三〇日死亡し、妻である被上告人福原幸子、母である亡福原まつがその権利義務を承継し、更に、右まつは昭和四九年一一月一九日死亡し、子である上告人のほか被上告人とく、同幸子を除くその余の被上告人らがその権利義務を承継した。

右事実によれば、知英は、本件土地について登記名義どおりの所有権を主張して提起した訴訟の第一審で敗訴し、その第二審で成立した裁判上の和解において、第一審で真実の所有者であると認められた庄一郎から登記名義どおりの所有権の承認を受ける代わりに、庄一郎及びその子孫に対して本件土地を無償で耕作する権利を与えて占有耕作の現状を承認し、しかも、右権利を失わせるような一切の処分をしないことを約定するとともに、知英が死亡したときは本件土地を庄一郎及びその相続人に贈与することを約定したものであつて、右のような贈与に至る経過、それが裁判上の和解でされたという特殊な態様及び和解条項の内容等を総合すれば、本件の死因贈与は、贈与者である知英において自由には取り消すことができないものと解するのが相当である。これと同旨の原審の判断は正当であって、その過程に所論の違法はない。所論引用の当裁判所の判例は、前記のような事情の存しない場合に関するものであつて、本件とはその事案を異にするから、右のように解したからといつて右判例に反するものではない。論旨は、採用することができない。

同三について

原審は、上告人は、昭和四七年二月二五日、知英から本件土地を代金五〇万円で買い受けたとの上告人の主張について判断するにあたり、知英と庄一郎との間の死因贈与が知英において自由に取り消し又は本件土地を他に売却等の処分をなしうるものとしてされたものとは認められないので、右主張は売買の事実につき判断を加えるまでもなく失当であるとしている。

しかしながら、死因贈与が贈与者において自由に取り消すことができないものであるかどうかと、贈与者が死因贈与の目的たる不動産を第三者に売り渡すことができないかどうかとは、次元を異にする別個の問題であつて、死因贈与が自由に取り消すことができないものであるからといつて、このことから直ちに、贈与者は死因贈与の目的たる不動産を第三者に売り渡すことができないとか、又はこれを売り渡しても当然に無効であるとはいえないから(受贈者と買主との関係はいわゆる二重譲渡の場合における対抗問題によつて解決されることになる。)、原審が前記のような理由のみで売買に関する上告人の主張を排斥したことは正当でないといわなければならない。したがつて、原判決は、売買に関する民法の解釈適用を誤り、ひいて審理不尽、理由不備の違法を犯したものといわなければならず、右違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて、知英と上告人との間の売買契約の有無及びその効力について更に審理を尽くさせる必要があるから、本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大橋進 木下忠良  野宜慶 牧圭次)

上告代理人植草宏一、同吉田正夫の上告理由

原判決は、以下明らかにするとおり、上告人の主張を誤解したため上告人の主張に対する判断を遺脱しており、理由不備の違法があるといわざるを得ない。

一、上告人は原審において次の主張をした。

1 昭和二八年一一月一九日に、亡福原知英と亡福原庄一郎との間の東京高等裁判所昭和二七年(ネ)第三二七号土地明渡並びに損害賠償請求控訴事件において、亡知英から亡庄一郎またはその相続人らに本件土地を死因贈与する旨の裁判上の和解が成立し、亡知英は昭和四七年四月三〇日死亡した。

2 ところがその後上告人は、昭和四七年二月二五日、本件土地を当時の所有者亡知英から金五〇万円をもつて買受けた。

3 したがつて、亡知英は、本件土地を亡庄一郎らに死因贈与した後、これと抵触する処分行為すなわち上告人に対する本件土地売却をなしたものであるところ、死因贈与については、民法第一〇二二条の遺言の取消に関する規定がその方式に関する部分を除いて準用されると解されるので、この土地売却の時点で右死亡贈与は取消されたというべきである。

4 仮に取消しの効果が発生しないとしても、右1の死因贈与と右2の売買は二重譲渡となり、上告人と亡庄一郎の相続人らとは対抗関係に立つ。

5 よつて、上告人は亡知英の相続人らに対し、前記2の売買契約に基づき本件土地につき所有権移転登記手続きを請求する。

二、上告人の右主張に対し、原審は、「本件のように死因贈与であつても、その成立の経緯に照らして贈与者が死亡時に受贈者(又はその相続人)に対し贈与物件の所有権を移転することを確定的に約したものと認められ、かつ右贈与の爾後における取消又は変更を許すことが明らかに不当と認められる特別の事情がある場合においては贈与者の最終意思を尊重することを建前とする遺贈と同一視すべきものではないから、かかる死因贈与については、遺言の取消に関する民法一〇二二条は準用されないものと解するのが相当である」と判断した。

右判断が最判昭和四七年五月二五日、広島地判昭和四九年二月二〇日の各判例と抵触するのは明らかであり、原審独自の見解であるといわざるを得ないが、さらに原判決は「しからば、右死因贈与について、知英がこれを取消しあるいは本件土地を第三者に処分しうるものであることを前提とする控訴人ら及び参加人(上告人)の主張は採用することができない」とし、また「本件裁判上の和解において定められた知英、庄一郎間の贈与が取消し可能であることを前提として本件土地が知英から参加人(上告人)に譲渡されたとする控訴人ら及び参加人(上告人)の主張は、右譲渡の事実につき判断を加えるまでもなく失当といわなければならない」と判示している。

三、1 以上から察するに、原審は亡知英から亡庄一郎らに対する死因贈与(以下本件死因贈与という)が取消すことができないから、当然にその後の亡知英から上告人に対する売買(以下本件売買という)は効力を生じないということと推測されるが、本件死因贈与が取消し得るか否かの問題と、本件土地につき本件死因贈与と本件売買が二重に行なわれた場合の対抗問題はまったく別個の問題である。

2 仮に上告人が別個の訴訟で亡知英の相続人を相手に本件売買を原因として所有権移転登記手続請求の訴を提起すれば、裁判所は本件売買の成否のみを事実認定し、成立が証拠により証明されればこれを認容する判決を下すはずであり、この場合、亡知英内至相続人から第三者に対し処分行為がなされたか否か問擬するはずはないのである。

また原判決の趣旨が先行する処分行為が取消し得ない以上後行処分の効力が全く発生しないということであれば、一方で確定的に移転する意図で(裁判上の和解により)死因贈与を行なえば、仮登記も付さない場合であつても、同一物件を買受け(登記名義を得)た第三者が保護されないという取引の安全性を害するはなはだ不公正な事態が惹起されるのである。

3 原審は、本件係争が同一審理されていること、当事者が総て親族関係に立つこと、登記名義が未だ亡知英に残つていることなどから、安易に結論を惹き出したといわざるを得ない。

本来ならば、上告人の前記一4の主張に対し判断を加え、本件売買の成否について事実認定をなし、仮に成立が認められた場合、本件売買と本件死因贈与とは対抗関係に立つのであるから、これに関する抗弁(例えば背信的悪意者の抗弁)の提出を促すなど訴訟指揮をしたうえで、全般的な判断を加えるべきであつたにもかかわらず、上告人の右一4の主張を正当に理解せず。これに対する判断を遺脱したことについては重大な違法があるといわざるを得ない。

4 付言するに、上告人は原審において、前記一4の二重譲渡および対抗関係の主張のみを被保全権利ならびに保全の必要性として、原審裁判所に対し本件土地についての処分禁止仮処分申請をなした(昭和五五年(ウ)第八一五号事件)ところ、同裁判所は昭和五五年一〇月二〇日、これを認める決定を出しているものであるが、右決定を出すにあたつては、本件死因贈与と本件売買が二重譲渡となり対抗関係に立つことを正当に認識していたにもかかわらず、何故本案において、この主張を無視したのであるか、はなはだ理解に苦しむものである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例